Moonlight scenery

     The moon to look up on the desert.
 


       




そこは昨日も今日も区別のない、
頭上に広がってる空と同じく、どこまでも延々と続いてる感のある、
足跡も目印も残せぬ砂ばかりの大地であり。
だってのに、地図の上では境目があるらしく、
砂の下にはお宝も眠っているらしく。
民族と民族、宗派と宗派が衝突しての戦いってのは表向き、
その実、そっちを巡っての争いが引っ切りなしに起こってて。

 『まま、俺たちは“なんで?”なんて考えなくても良いんだが。』

そいつぁ無責任っていうもんだろが、
人を相手に物騒なもん振り回す稼業してんのによ。
だってよ、下手すりゃ戦線ごとに与(くみ)する組織が変わるんだ、
いちいち どこのイデオロギーが正しいの傲慢だのとこだわってたら、
しまいにゃ ゲシュタルト崩壊起こしちまう…と。
卑怯上等な荒くれ揃い、無頼や無法者の集団と、
そんな印象を持たれがちな傭兵部隊ではあったけれど、
俺がいたところは、その時代のそういう組織にしちゃあ、
結構 行儀のいい連中が集(つど)ってたようで。

  日々の生活の中、
  当たり前なこととして誰もが銃や刀剣をたずさえている。
  そんな環境下で育った子供。

物心ついた頃にはもう、銃器の扱い方の基本や火薬の危険性、
息の殺し方、森閑とした中での身ごなしなどなど、
戦いにまつわるあれやこれやの基礎が、
考えるより前に体が動くほど、深く染みついてた身だった。
精神的な鍛練も、
誰に教わることもないまま自然と身についていて。
それというのも、
どこまでも果てない砂漠は、そりゃあ恐ろしいところで。
隊からはぐれたらお前みたいな子供は一巻の終わりだと、
だから絶対にはぐれるな、
風の強い日は特に、誰にでもいいから傍にくっついてなと、
集中力を絶やすなというの、
そりゃあ厳しく叩き込まれたのが功を奏したというところかと。
とうに双親は亡くなってたガキを、それでも見捨てずに連れ回してくれた、
柄は悪かったが気のいい連中で構成されてたその部隊は、
俺にとっては“家庭”と呼んで良い、唯一無二の居場所だった。

 『馬鹿だな、見捨てるはずがないだろう。』

俺らはそこまで非情じゃないし、お前は筋が良い。
さすが血は争えないやねと、
戦力として頼り(アテ)にしているからだというよな言い方をされたけれど。
どんな双親だったかという話は、
隊を離れるまで とうとう聞かせてもらえなかった。
ただ、血は争えないという言い方は、
俺を迎えに来たと、
自分の直属の兵隊になっちゃあくれまいかと口にした、
今のところは最初で最後の、
俺をとご指名して来たところの希有な雇い主には心当たりがあったらしくて。

 『ああ、それか。』

俺もまだこの年齢だから、
実際に見聞きして知ってる訳じゃあないけれど。
俺らの親の代にあたる世代に、
この砂漠やアフリカでの独立戦争なんぞへ、
革命軍の旗ばかり目指して 加勢に入ってた、
伝説の傭兵部隊があったそうでな。
そこの幹部格に、
東洋系の男で…そりゃあ凄まじい太刀さばきをする、
鬼神みたいなのがいたらしい。
伝え聞きな話だから、
それがあんたとどうつながってるかとか、
そこまでは知らねぇ判らねぇが、

 『左の耳にだけ棒ピアスを三本下げていて、
  染めてないなら珍しいにも程がある、
  緑の髪をしていたっていうから。』

ジャングルに潜むならちょうど良い擬態に使えたろうに、
砂の色しかねぇよな土地じゃあ、名札提げて立ってるよなもの。
身元が判っちゃまずい戦闘に入るときゃ、
しょうことなし、黒いバンダナで隠してたとかいう話でな。
それもあって髪色の特徴は結構有名だったらしいから、
だから、あんたの親父さんのことだと思う。
ピアスはそんな男を覚えてたお仲間のおっさんらが、
父上を偲んで お前にもって空けたのかも知れねぇ。
ここまでしっかとあれこれ仕込んだのも、
行く末を頼まれたからか、それとも、
その道の玄人たちに並外れた素養を見抜かれてたからか。
皮肉なもので、別れ別れになってから、
色々と知ることが出来た、親父候補とそのお仲間に関してだったが、
そういやこの何年かは、
しみじみと思い起こすことも無かったような気がする……。





     ◇◇◇



傭兵というのは、生まれた育った国家に属す兵士ではなく、
文字通り“傭われ兵”のことである。
例えば片やの軍勢の幹部らの意気に感銘して加勢をする場合もあれば、
明け透けに金で雇われての参戦という場合もあるし。
そんな立場になるために、
勝ちそうな側につき名を挙げようとする…などなどと、
理由や事情は様々ながら、
戦闘能力の高い者やその集団が、
別に自分の権利を侵された訳でもないのに、
自分から戦いへと分け入ってって参戦するわけで。
とんだ能力に長けた身を呪うか、
それともそんな身であることに酔い、
至高を目指したその挙句、孤高の峰へと身を置くか。
そりゃ同時に地獄への淵かも知れねぇなと、
笑えないジョークを笑いながら口にした、
俺のすぐ上、直属の班長は、

 『仕事だとよ。
  それも、お前単独でかかれっていう、お初の重要特務だ。』

無精髭だらけの口許を男臭い笑いようでほころばせ、
頑張って来いよと分厚い手でケツを叩いて、
寝部屋の天幕(テント)から送り出してくれて。


  ―― 誰もフォローにつかない、
     最初から最後までお前独りでかかる仕事だ。


もともと少数精鋭を謳ってる部隊なんで、
いざ戦いだとなれば、後方支援なんてな陣容はない。
よって、俺も随分と小さいころから、
大柄な副長の背に負われたまんま、
いわば戦火の中にさらされて育ったクチであり。
まだ十代だってのに、
あちこちで“砂漠の剣豪”なんてな二つ名を囁かれ始めているのも、
そんな野放図な育てられようをしたお陰様。
そして、そんな俺への最初の単独任務というのが、

 『今、儂らが角突き合わせてる勢力の末端にいる男でな、
  傘下にある勢力の威光を笠に着て、
  近隣の里や村へ無理難題を強いておるらしゅうてな。』

そんな迷惑野郎なら、いっそ摘んでしまえと、
それをもって蜂起の旗揚げ、
こうまでの無体を許す権勢者なぞ要らぬとの、
鬨(とき)の声としようじゃないかと。
そんな話がまとまっての、さて。

  ―― じゃあ誰がその切っ掛けを請け負うか。

そこまで聞けば、もう十分。
深々と頷いた若武者へ、出陣の用意はすぐにも整えられ。
敵方の配置や地形の情報、守備の陣容などなどを、
出来得る限りは口頭で伝授されての、
宵の始まりとともに、キャンプを離れた影一つ。
折しも季節は、
嵐の襲う時季を外れた、砂漠が唯一そりゃあ穏やかな顔をする頃合いで。
時の止まったような夜陰の上へ、蜜をくぐったような美しい月が浮かんでた。




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